2024年、「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。
500年以上前に原型が確立したこのわざは、「麹(こうじ)」の使用という共通の特色を持ちながら、日本酒、焼酎、泡盛、みりんなどへと受け継がれてきた、日本を代表する文化です。
とりわけ鹿児島の本格焼酎は、地域の風土と人々の営みの中で磨かれてきた酒文化の象徴といえます。
一方で近年は、消費動向や市場環境の変化により、本格焼酎を取り巻く状況は転換期を迎えています。
その価値をどのように守り、次世代へとつないでいくかが、いま問われています。
本特集では、「伝統的酒造り」を支える“わざ”に焦点を当てながら、鹿児島の本格焼酎の価値と、その未来への可能性をひもときます。
世界に認められた文化としての本格焼酎
― 鮫島吉廣先生に聞く ―
2024年、「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録された背景には、単なる酒の製造技術にとどまらない、日本独自の文化的価値がありました。
鹿児島大学客員教授の鮫島吉廣先生は、その本質についてこう語ります。
「酒造りは、芋農家、蔵人、販売に携わる人々、そして愛飲者まで含めて、地域全体で支えられている文化なのです」
本格焼酎は、麹菌を用いた発酵という日本独自の技術を基盤に、地域の風土の中で育まれてきました。
とりわけ、「原料」「麹」「発酵」「蒸留」という一連の工程を、日本独自の技法で行い、自然由来の微生物の力を最大限に生かしている点は、世界的にも高く評価されています。
それは、長い年月をかけて杜氏たちが培い、守り続けてきた“わざ”の結晶でもあります。
今回の登録は、こうした麹を使った酒造りの技術が、次世代に受け継ぐべき文化遺産であることを世界に示す機会となりました。
同時に、ウイスキーや中国のパイチュウ(白酒)、韓国のソジュなどとは異なる、日本ならではの発酵文化としての個性を発信する契機にもなっています。
さらに、酒造りは食文化や生活文化とも深く関わっています。
焼酎には“割って飲む”という特徴があり、アルコール度数を調整できるため、食事とともに楽しみやすく、幅広い人が同じ場を共有できる酒でもあります。
出来立てを味わう嗜みや、“だれやめ文化”に象徴されるように、地域の暮らしの中で育まれてきた文化でもあります。
また、酒造りの現場では女性杜氏の活躍も広がりつつあり、伝統の中に新たな価値が生まれています。
「この風土、この製法でなければ生まれなかった焼酎の魅力を、日本の人にも改めて知ってほしい。そして将来的には、“アジアの焼酎”が世界のスタンダードになっていく」
鮫島先生は、そう力を込めます。
世界に認められた今、問われているのは、その価値をいかに伝え、未来へとつないでいくか。
その鍵を握るのが、「麹(こうじ)」や発酵といった“目に見えないわざ”です。
鮫島吉廣先生プロフィール
焼酎の香りと味を決める「菌」の世界
― 山元正博先生に聞く ―
焼酎の香りと味わいの土台をつくるのが、「麹(こうじ)菌」の働きです。
その世界を長年にわたり支えてきたのが、種麹屋の存在です。
鹿児島で120年にわたり麹の研究と製造を続ける老舗、河内源一郎商店。
その代表であり農学博士でもある山元正博先生は、“麹の神様”と称される河内源一郎氏を祖父に持ち、代々受け継がれてきた知見とともに、酒蔵と歩んできました。
「祖父は研究者でありながら、とても柔軟な人でした。時代に合わせて麹を変えていく、その姿勢は今も受け継がれています。」
焼酎造りにおいて黒麹や白麹が使われる理由の一つが、クエン酸を生み出す力にあります。このクエン酸がもろみの腐敗を防ぎ、安定した発酵環境をつくる。
山元先生は、その役割の重要性をこう語ります。
「ワインやブランデーなど、洋の東西を問わず蒸留酒造りでは酸の働きが非常に重要です。焼酎では、黒麹や白麹がそのクエン酸を自然に生み出している。これは非常に優れた仕組みです。」
一方で、麹の役割はそれだけにとどまりません。
焼酎の個性を決定づける“香り”と“味”をどう引き出すか──その探求が続いています。
「香りがあるだけではだめで、どうやって味の厚みを出すかが重要です。特に蒸留酒は、長く飲まれるためには奥行きが必要になる。」
時代とともに求められる酒質は変化します。
香りの華やかさが注目される一方で、飲み飽きない味わいへの探求もまた欠かせません。
「“このままではいけない”という問題意識を持った蔵と一緒に、新しい焼酎をつくっていく。それが種麹屋の役割でもあります。」
見えない菌と向き合いながら、時代に応じて進化し続ける麹の世界。
そこには、伝統を守るだけでなく、変化を恐れない姿勢が息づいています。
山元正博先生プロフィール
科学と感性が共存する発酵の現場
― 髙峯和則先生に聞く ―
麹によって生み出された糖を、アルコールへと変えていく発酵の工程。
そこでは、目に見えない微生物の働きが、焼酎の味わいを大きく左右します。
鹿児島大学農学部の髙峯和則教授は、発酵の本質をこう表現します。
「発酵とは、微生物の力を借りて、まったく別のものを生み出す営みです。」
鰹節や黒酢、漬物など、私たちの身近にも発酵食品は数多く存在します。
焼酎もまた、その延長線上にある文化の一つです。
本格焼酎の特徴は、「糖化」と「発酵」を同時に行う点にあります。
麹が原料を糖に変えながら、その糖を酵母がアルコールへと変えていく―この“並行複発酵”によって、独特の香味が生まれます。
しかし、発酵は生き物相手の仕事。
同じように仕込んでも、同じ結果になるとは限りません。
「だからこそ大切なのは、“どんな酒を造りたいか”という造り手の意思です。技術だけでなく、こだわりやプライドが味に表れる。」
かつては“いかに品質を安定させるか”が重視されてきた焼酎造り。
一方で近年は、香りや個性を打ち出した多様な酒質も求められています。
「安定した品質で受け入れられながらも、市場に飽きられない酒をどうつくるか。そのための研究と挑戦はこれからも続きます。」
科学的な分析と、長年の経験に裏打ちされた感覚。
その両方を駆使しながら、発酵の現場では今日も、唯一無二の焼酎が生み出されています。
髙峯和則先生プロフィール
本格焼酎のこれから
ユネスコ無形文化遺産登録を契機に、本格焼酎は世界からの注目を集めています。
一方で、国内に目を向けると、消費動向やライフスタイルの変化により、本格焼酎を取り巻く環境は大きな転換期を迎えています。焼酎の価値をいかに伝え、次の世代へとつないでいくかが、いま改めて問われています。
こうした中、海外市場への展開は大きな可能性を秘めています。
欧米やアジアを中心に、SHOCHUは“新たな蒸留酒”として関心を集めており、現地の食文化に合わせた飲み方や、カクテルとしての提案も広がりつつあります。
本格焼酎は、原料の多様性や麹を用いた独自の製法により、繊細で幅広い味わいを持つ酒です。
和食との相性の良さはもちろん、食中酒としての軽やかさや、割って楽しめる自由度の高さは、世界の多様な食文化とも自然に調和します。
鹿児島の風土の中で育まれてきた焼酎は、地域に根ざした文化であると同時に、世界に開かれた可能性を持つ存在でもあります。
伝統を守ることは、変わらないことではなく、時代に応じて価値を伝え続けること。
麹や発酵といった“見えないわざ”に支えられた本格焼酎は、これからも人と人をつなぎながら、新たな広がりを見せていきます。
鹿児島から世界へ。
“國酒SHOCHU”の挑戦は、いま始まっています。
※本記事の情報は、取材当時のものです。



