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レトロでロマンあふれる指宿発祥の地を巡る、二十歳の一人旅~前編~

レトロでロマンあふれる指宿発祥の地を巡る、
二十歳の一人旅~前編~

鹿児島市内からJRに揺られること約1時間。今回は、美味しいものとカメラが大好き、最近、焼酎にも興味を持つようになった二十歳の“男一人旅”の様子をご紹介します。前編は、指宿発祥の地とも言われる宮ヶ浜エリアの街歩きと酒蔵見学です。

指宿発展の歴史をレトロな街並みに見る―宮ヶ浜まち歩き―

海が見える駅として有名なJR指宿枕崎線の宮ヶ浜駅。海岸線がまっすぐに続くパノラマの景色が広がります。

鹿児島が誇る兄貴、長渕剛さんゆかりの地でもあるそう。

ここで、まずは宮ヶ浜エリアの街歩きを案内してくれる、観光ボランティアガイドの江川美代子さんと初対面。

指宿の正装とも言えるアロハシャツで迎えてくれました。

今回は、「指宿発祥の地を肌で感じる物知りコース」をゆっくり2時間かけて巡ります。まずは駅の向かい側、明治11年開業の「元祖 坂本いもあめ店」に立ち寄りました。無添加の伝統製法で作る昔懐かしい素朴な味わいと、柔らかい食感がおいしい芋飴です。

昔は周辺に4~5軒もの芋飴店があったそう。

芋飴を舐めながら、宮ヶ浜はかつて鎌倉時代から400年もの間、指宿の中心地として、大変栄えた港町だったことを教えてもらいました。今から向かう宮ヶ浜港は、当時の指宿地頭が築いた松尾城があった場所の麓にあり、幕末から昭和初期にかけてはここを拠点に海商・濵﨑太平次らが海運業で財を成したとのこと。濵﨑や調所広郷らの活躍により当時の薩摩藩は財政を建て直すことに成功。海洋国家を見据えた藩の財政力も、明治維新への足掛かりになったと考えられているそうです。

「大河ドラマ『篤姫』が放映された時は、街歩きガイドも大忙しでしたよ」と江川さん。主演の宮崎あおいさんも来られたそうで、「それはそれはオーラがあり、かわいかった」とか!そんな話で盛り上がりながら線路沿いを歩いていると、特急「指宿のたまて箱(通称、いぶたま)」が走ってきました!

手を振ると「プワァン!」と警笛を鳴らしてくれます。

宮ヶ浜港防波堤に到着しました。長さ230m、高さ5mの石畳の防波堤は、今でも現役。石造りの灯台とともに、国登録有形文化財に指定されています。指宿方面には知林ヶ島・魚見岳、晴れていれば鹿児島市内方面に桜島も望むことができます。

三日月の形が特徴的で、ガンが羽を広げた姿に似ていることから「ガンギ」と呼ばれていたそうです。

濵﨑太平次らが奄美群島や琉球との貿易の拠点とした港の1つで、船を安全に停泊させるため、天保4(1833)年、第27代薩摩藩主の島津斉興により建造されました。ここから、馬や牛を引いて多くの荷物が運ばれていったと教えてもらいました。

次に、国道226号線沿いの国登録有形文化財の商家群を見学します。宮ヶ浜港を起点に栄えた商店街で、裕福の象徴とされていた漆喰塗りの蔵を持つ百貨店や、三段屋根が特徴的な呉服店などから、当時の商売繁盛ぶりが伺えます。

写真1枚目から「丸十金物百貨店」、「中俣家住宅主屋」、「坂本家住宅」

さらに歩いて、指宿市指定有形文化財の湊川橋みなとがわばしへ。橋のアーチには天保15年の銘が残ります。当時は国道として使われていたそう。

地元の人はその形から、「テコ(太鼓)橋」と呼んでいたとのこと。

宮ヶ浜自治公民館にも立ち寄りました。中には、当時の宮ヶ浜を示す模型もあり、宮ヶ浜港から通り一帯に、商店や宿が立ち並ぶ様子が分かります。

案内してくれたのは、公民館長の岩本一宏さん。

最後に向かうのは、指宿市指定の文化財(天然記念物)になっている、報国神社の御神木、アコウの木。幹周り14,6m、幅20mの日本一のアコウの巨木で、当時は海上を航行する船からの目印にもなっていたそうです。

推定樹齢は470年!

この次に向かう大山甚七商店が、このアコウの木の名前を冠したラム酒を造っていると聞いています。しっかりとその姿を目に焼き付けました。

大木に触れ、パワーももらいました!

宮ヶ浜の繁栄がなければ、日本が近代国家の道を歩むきっかけとなった明治維新が為しえなかったかもしれないし、指宿が日本有数のリゾート温泉地としてにぎわうこともなかったかもしれない!?と思うと、街並みに残る当時の面影には、感慨深いものがありました。

丁寧に宮ヶ浜の歴史について教えてくれた江川さん、岩本さん。

温故知新!150年近く続く、伝統と挑戦の蔵―有限会社大山甚七商店―

創業明治8年、南薩の原料を使い、伝統の和甕仕込みで焼酎造りを行う歴史ある蔵でありながら、近年では地元のボタニカル素材を使ったクラフトスピリッツやリキュールなどの製造も手掛ける大山甚七商店。代表銘柄「薩摩の誉 黒麹」は、東京ウイスキー&スピリッツコンペティションにおいて3年連続金賞を受賞し、殿堂入りを果たしました。また、芋焼酎をベースに、日本最古のハーブ園「開門山麓香料園」のフレッシュハーブなどを使って造ったクラフトジン「JIN7series00」は、令和3年度優良ふるさと食品中央コンクールで農林水産省大臣官房長賞を受賞しています。

先ほど歩いた商家群の並びにある宮ヶ浜蒸留所に到着。“勝負アロハ”で出迎えてくれたのは、5代目の大山修一社長。社員の皆さんとも一緒に記念撮影をして、見学スタート!

 

まずは、6代目甚七となる専務・陽平さんが中心となって取り組む、クラフトスピリッツやリキュールを製造する様子から。ちょうどクラフトジンを蒸留していて、蒸留機がゴォーッと音を立てて稼働中でした。

ベーススピリッツに本格芋焼酎「薩摩の誉 白麹」を使い、ジンの香りづけに欠かせないジュニパーベリーを漬け込んだものを、釜の中で加熱していきます。沸点の違いを生かしてベーススピリッツからアルコールを気化させ、さらにそれを冷却することで原酒ができるそうです。ほかのボタニカル素材も同じように蒸留し、最終的にそれらの原酒をブレンドして商品化しています。

原酒がコポコポ出てくる様子も間近で見ることが出来ました!蒸留して出てくる始めの部分をヘッド、後の部分をテールと言い、一番透明で綺麗な真ん中のハートと言われる部分だけをミドルカットして、原酒としているそうです。

焼酎造りの技術を生かし、また焼酎の風味を生かしたクラフトスピリッツ作り。歴史ある焼酎蔵にとってはチャレンジングなことですが、これらの商品が芋焼酎の海外市場を拡げるきっかけにもなっていると聞き、ますます応援したくなりました。

 

いよいよ蒸留所の奥の方、一次仕込みを行う和甕が並ぶフロアへ。今は空っぽですが、8月下旬ごろから仕込みが始まると、ここに米麹と酵母、地下水を入れて、一次もろみが作られます。

地中に埋めて保温された和甕の中で、櫂棒かいぼうでかき混ぜたり冷却管を使ったりして温度管理をしながら、元気な酵母がたくさん育っていきます。指宿は地熱があるため、他の地域に比べると甕の埋まり具合は高くなっているのだとか。

営業と製造を兼務する焼酎マイスターの芝和磨さん。

これらの和甕はすべて手作りで、古いものだと100年以上使っているそう!日本ではもう作られていないため、丁寧に洗い、ヒビを継ぎはぎしながら大切に使っているとのことでした。そんなデリケートな和甕ですが、「私が子どもの頃は、甕に隠れて遊んでは父に怒られていましたけどね」と大山社長!思わず笑ってしまいました。

一次もろみに蒸した芋を加え、タンクで10日間ほど発酵させて二次仕込みを行います。発酵の過程で酵母がアルコールと二酸化炭素を発生させ、もろみが元気に泡立ちます。「製造が始まれば、芋や米を蒸すのも蒸留もすべて蒸気が発生するので、蒸留所の中はまるでサウナのようになりますよ!」(大山社長)杜氏や蔵人の方々の苦労を考えると、1滴の焼酎も大切に飲まなければという気持ちになってきます。

蒸留したての原酒が貯蔵熟成されるタンクを開けて、銘柄ごとに香りを嗅がせてもらいました。麹によっても異なる香りにびっくり!特に、白麹で仕込んだ焼酎などは、ガツンとくる香りの力強さがありました。でも慣れてくると、とても良い香りになってくるから不思議です!

壁には150年続く蔵の努力の歴史を物語る賞状がずらっと並んでいました。呉服商として創業した大山甚七商店。「一流の品を見定める」その心意気は脈々と受け継がれ、厳選した原料を使い、伝統の技術を駆使しながら、一流の焼酎造りを続けてきたことが伺えます。

次は、そんな大山甚七商店が、伝統を守りながら新たな挑戦のタネを探す「研究室」を見せていただきます。

大山社長は50歳の時、焼酎についてより深く学びたいと、鹿児島大学焼酎学講座の第一期生として入学。高峯和則教授の指導のもと「篤姫酵母」を開発し、発酵に関する優れた研究に贈られる「蟹江松雄賞」の学生部門第一号を受賞しています。「学んだ知的財産を会社に残したい」と、社長業の傍ら通い詰めた当時の実験室を再現したのが、この研究室。その後も「宇宙酵母」を使った商品開発など、意欲的に酵母の研究開発に取り組んでいて、現在では社員も様々な研究や商品開発を行う場として活用しているそうです。

研究室の手前には、一次仕込みに使う米麹を作る製麹の機械がありました。風や水の温度までも細かく記録して温度管理することで、均質で高品質な種麹を作っているそうです。経験や勘だけでなく、データに基づく焼酎造りが行われています。

研究室を抜けて隣の休憩室から、とっておきの景色を見せてもらいました!

「快速なのはな号」も目の前を走っていきます!

いくつになっても探求心を忘れず、広い視野をもって焼酎造りに取り組む大山社長の姿と、どこまでも続く海岸線の景色を見ていたら、自分の夢も大きく羽ばたいていくようなイメージが湧いてきました!

蒸留所の隣にある長期貯蔵所に入っていきます。日本の伝統的な建築様式を次世代に繋ごうと、昔ながらの頑丈な合掌造りで数年前に建てられました。焼酎を貯蔵するステンレスタンクや甕のほか、ジンやラムなどを貯蔵する樽がずらっと並ぶ様子は壮観!「宇宙酵母」を使った「天翔宙(てんしょうちゅう)」の貯蔵甕もありました。

貯蔵所を進むと甚七伝承蔵に繋がっていて、2階には蔵や宮ヶ浜の歴史を感じる貴重な資料や骨董品が展示されていました。当時の事業展開を垣間見る地券や、焼酎が量り売りされていた時代の一升枡(マイボトル代わり)、錫製の酒器(熱燗がなかなか冷めない)まで収まった「野弁当箱」など、宮ヶ浜の人々の当時の暮らしの様子が伺えます。

見学のラストは、お待ちかねの試飲とお土産調達。

グラスで風味を感じながら、おすすめの銘柄を試飲していきます。香りに特化した芋焼酎「山大一(やまだいち)」シリーズは、玉茜とえい紫の2種類を試飲。玉茜は、冷やしてストレートでいただきました。華やかな香りが広がり、優しい甘さが後を引きます。えい紫は、サツマイモとは思えないラベンダーや赤ワインのような香りに驚きました。原料からラベルにいたるまで、1つ1つの商品に込めたこだわりを聞きながら味わう、特別な試飲体験でした。

幼い頃から酒蔵は身近にあったけれど、酒蔵を継ぐ気はなかったという大山社長。先代の社長が倒れ、弱冠24歳にして急きょ跡を継ぐことになり、「どうせやるなら楽しんで、思いきりやりたい」と、1から勉強したと振り返ります。マラソンやレコード、最近始めたサックスが趣味というバイタリティあふれる人柄もまた、大山甚七商店に惹かれる理由の1つとなりました。

 

「伝統や本業は守りながらも、新しいカテゴリに挑戦して、また新たな地域との繋がりも構築し、切磋琢磨できる人たちとwin-winの関係性で事業を展開していけたら」と語る大山社長。

 

クラフトラム「ACOU RUM WHITE」が飲める指宿市内のバーも教えてもらって、次に向かうことにしました。

後編に続きます。

※本記事の情報は、取材当時のものです。

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